1月8日:玄奘三蔵がインドから帰国

645年1月8日貞観18年12月5日) - の仏玄奘三蔵がインドなどを巡る16年の旅から大量の経典を携え帰国。

玄奘三蔵

唐王朝成立から間もない貞観3年(629年)、、国内の情勢が不安定だった事情から出国の許可が出ていないにもかかわらず、
国禁を犯して密かに出国。

玄奘は西域の商人らに混じって天山南路の途中から峠を越えて天山北路へと渡るルートを辿って中央アジアの旅を続け、
ヒンドゥークシュ山脈を越えてインドに至った。
インドのナーランダ大学では戒賢に師事して唯識を学び、また各地の仏跡を巡拝した。
玄奘三蔵のルート

こうして学問を修めた後、657部の経典を長安に持ち帰った。
幸い、玄奘が帰国した時にはの情勢は大きく変わっており、時の皇帝・太宗も玄奘の業績を高く評価したので、
16年前の密出国の件について玄奘が罪を問われることはなかった。

玄奘は帰国後、太宗の側近となって国政に参加するよう求められたが、
彼は国外から持ち帰った経典の翻訳を第一の使命と考えていたため太宗の要請を断り、太宗もこれを了承した。

その代わりに太宗は、西域で見聞した諸々の情報を詳細にまとめて提出することを玄奘に命じており、
これに応ずる形で後に編纂された報告書が『大唐西域記』である。
















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