1月19日:「オランダ史における汚点」ファン・イムホフ号事件

1942年1月19日 - 海の蛮行 「ファン・イムホフ号事件」
第二次世界大戦前期の1940年5月、ドイツ軍がオランダに侵攻すると、
オランダ領東インドに在住のドイツ人はオランダの植民地政府当局によって全員が抑留された。
ドイツ人は収容所に集められて、厳しい処遇を受けた。

1941年12月に日本が参戦して太平洋戦争が勃発すると、オランダ植民地政府は、
日本軍の侵攻によってドイツ人が解放されるのを阻止するため、抑留者をイギリス勢力圏へと移送することを決めた。
抑留していたドイツ人を護送中のオランダ貨物船「ファン・イムホフ」がインド洋上で日本軍によって撃沈、
オランダ軍の指示により、オランダ側はドイツ人遭難者の救助を意図的に行わず見殺しにした。
ファン・イムホフ号事件

遭難したドイツ人抑留者478人のうち生還者は66名。

事件はオランダ政府と軍によって隠蔽され、
1984年にオランダ国立戦争記録研究所が公刊した記録では、本事件は「オランダ史における汚点」と評されている。

なお、この事件で、『現代バリ芸術の父』として知られ、1930年代バリ島におけるバリ・ルネッサンスの中心人物として活躍し、今日見られるような観劇用のケチャやチャロナラン劇をバリ人とともに創出したドイツ人画家ヴァルター・シュピース(Walter Spies, 1895年9月15日 - 1942年1月19日)も溺死した。











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