1月22日:血の日曜日事件

1905年1月22日(ユリウス暦1905年1月9日) - 血の日曜日事件
ロシアの首都サンクトペテルブルクで、皇宮への平和的な請願行進をおこなっていた労働者のデモ隊に軍隊が発砲。
1千人以上死亡。

血の日曜日

当時のロシア民衆は、ロシア正教会の影響の下、皇帝崇拝の観念をもっていた。
これは、皇帝の権力は王権神授によるものであり、
またロシア皇帝は東ローマ帝国を受け継ぐキリスト教(正教会)の守護者であるという思想である。
このため民衆は皇帝ニコライ2世への直訴によって情勢が改善されると信じていた。

この事件の結果、皇帝崇拝の幻想は打ち砕かれ、後にロシア第一革命と呼ばれた全国規模の反政府運動がこの年勃発したとみなされている。
この時に始まったロシアの共産主義運動は、1917年のロシア革命(二月革命、十月革命)の原動力に成長してゆく。












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