1月25日:カノッサの屈辱

1077年1月25日 - カノッサの屈辱
カノッサの屈辱

聖職叙任権をめぐってローマ教皇グレゴリウス7世と対立していた神聖ローマ皇帝ハインリヒ4世が、教皇によって1076年2月に破門と王位の剥奪を宣言された。
かねてから皇帝ハインリヒ4世への敵対意識の強かったザクセン公はじめドイツの諸侯たちは、これを好機とばかりにハインリヒ4世に叛旗を翻した。
カノッサの位置


打つ手のなくなった皇帝ハインリヒ4世は1077年1月25日から3日間に及んで雪が降る中、カノッサ城門にて裸足のまま断食と祈りを続け、教皇による破門の解除を願い、3日後、教皇から赦された。
この事件を「カノッサの屈辱」と呼ぶ。
カノッサ城
<現在のカノッサ城>

この事件は叙任権闘争、ローマ教皇対神聖ローマ皇帝の長期に渡る抗争の一事件でしかないが、この後ローマ教皇庁では皇帝ですら教皇に跪いたと教皇権の優位性の宣伝に使われた。
一方16世紀になると、ドイツのプロテスタントは反教皇の立場からこの事件を取り上げた。












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