2月6日:天文学者バーナード 逝く

1923年2月6日 - エドワード・エマーソン・バーナード(Edward Emerson Barnard, 1857年12月16日 - 1923年2月6日)没。享年65歳。
アメリカ合衆国の天文学者
E. E. Barnard の名で広く知られ、多くの業績を残した観測天文学者である。
E. E. Barnard


貧困な家庭に育ち、学校教育をあまり受けられなかった。幼い頃から写真に興味を持ち、9歳で写真家の助手となった。
後に天文学に興味を抱くようになり、アマチュア天文観測家として数々の彗星を発見。

アマチュア天文家たちの寄付によってヴァンダービルト大学に入学し、リック天文台の職員となった。

1892年、木星の5番目の衛星アマルテアを発見した。
これは1609年にガリレオ・ガリレイが木星の4つの明るい衛星を発見して以降、最初の新衛星発見であると同時に、
(写真乾板や過去に撮影された画像の捜索を除いて)肉眼で衛星が発見された最後の例である。

1895年、シカゴ大学の天文学の教授に就任し、天の川の写真を撮影することに多くの時間を費やす。
彼は天の川に見られる暗い領域が実際にはガスや塵の雲であり、
背景にあるより遠くの恒星を隠しているのだということを発見した。
同年にはオリオン座に散光星雲を発見し、彼にちなんでバーナードループと命名された。
バーナードループ

1916年にはへびつかい座に、他の星に比べて固有運動が非常に大きい星を発見した。
バーナード星
この暗い星は彼にちなんでバーナード星と呼ばれている。
バーナード星はケンタウルス座α星に次いで、太陽から2番目に近い恒星である。

彼の死後、バーナードが撮影した天の川の優れた写真は
A Photographic Atlas of Selected Regions of the Milky Wayという写真集として出版された。
この中で紹介されている約350個の暗黒星雲には番号が付けられ、バーナード・カタログとして現在でも用いられている。












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