2月10日:天才子役、女優、外交官として世界中から愛されたシャーリー・テンプル 逝く

2014年2月10日 - シャーリー・テンプル (Shirley Jane Temple、結婚後はシャーリー・テンプル・ブラック Shirley Temple Black:1928年4月23日 - 2014年2月10日)逝く。享年85歳。
アメリカ合衆国のハリウッド女優、のちに外交官である。
なお、外交官の功労が特に認められ、正式な呼称は、生涯シャーリー・テンプル・ブラック大使 (Ambassador Shirley Temple Black)。
シャーリー・テンプル

アメリカで定着したシャーリー・テンプルのイメージは勤勉できまじめ、温かく優雅で品行方正な女性であり、
伝説的な映画俳優としても著名な外交官としても尊敬される人物である。

1930年代から60年代にハリウッド映画界で女優として活躍、特に1930年代に高い評価を得た。
たった6歳で伝説的な天才子役と呼ばれ、またしばしばコカコーラや自由の女神と比較されるほど、
国外でも知名度を得ていく。

10代はアイドルとして芸能活動をつづけ、1950年、幸福な結婚をして映画界を引退。
10代のシャーリーテンプル

テンプル自身は人生に女優、母親、外交官の3つの時代があったと述べており、映画界の人気スターとしての第1期、
10年ほど3人の子供を育てるかたわらテレビ番組に出演した第2期、
シャーリーテンプルと子供たち

やがて第3の時期にあたる40代より外交官や数社の大企業の重役などを務めた。

外交関係の職歴はハリウッド映画界のキャリアよりもはるかに長く、1967年以後、
70歳の引退(1998年)の時期まで通算30年間、外交関係の公務および非政府組織とNPOの要職に就いた。
外交官シャーリー・テンプル

1920年代初頭のチリ大統領アルトゥーロ・アレッサンドリ・パルマ、
1950年代から1960年代のソビエト共産党の指導者ニキータ・フルシチョフ
1970年代のエジプト大統領アンワル・サダトなど国元元首をはじめとして、
映画界、政治・経済界など各界に多数の根強いシャーリー・ファンが今なおいる。



また日本の少女文化への影響も大きく、戦前戦後の人形、アニメキャラクターなどにその影響が見ることができる。
テンプルちゃん

1974年にはシャーリー・テンプル本人とライセンス契約を締結したうえで、
日本の子供服のブランド「シャーリーテンプル」も創立された。













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