2月15日:6世紀建造のモンテ・カッシーノ修道院爆撃される

1944年2月15日 - 第二次世界大戦: 連合軍がモンテ・カッシーノ修道院を爆撃。
モンテ・カッシーノ爆撃

連合軍に対するドイツ軍の防衛ライン、グスタフ・ラインの西半分がモンテ・カッシーノを通っていた。

ドイツ軍と修道院の間では、修道院の歴史的重要性に鑑み、修道士たちが残っている限り修道院を軍事目的で利用しないことで合意し、1943年12月、イタリア方面総司令官アルベルト・ケッセルリンク空軍元帥は修道院内へのドイツ軍部隊の配置・陣地化を行わないよう命じ、そのことを連合軍に適宜通知したにもかかわらず、連合軍によるこの蛮行・愚行は行われた。
アメリカ軍は1,400トンに及ぶ爆弾で修道院を爆撃し、修道院は破壊された。

連合軍の司令官いわく、「石と漆喰で造られた塊」よりも自軍の兵士の命が大事であるとして、
爆撃を敢行し、6世紀創建のベネディクト会の修道院は瓦礫と化した。

一方、ドイツ軍ユリウス・シュレーゲル中佐は、攻撃の前に、
修道院図書室にあったキケロ、ホラティウス、ウェルギリウスおよびセネカの原稿・写本などおよそ1,200冊の書籍と、
その他ティツィアーノ、ラファエロ、ティントレット、ギルランダイオ、ブリューゲルおよび
レオナルド・ダ・ヴィンチの名画を含む美術工芸品をバチカンへ移送するよう命じた。

この賢明な処置のため、これら貴重な品々は破壊から逃れることができた。
結局のこの爆撃によってがれきの山になった修道院廃墟に、ドイツ軍降下猟兵が陣取り、
そこを拠点になお、数か月にわたって連合軍に深刻な打撃を与え続けることになる。








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