2月15日:作家 新田次郎 逝く

1980年2月15日 - 新田 次郎(にった じろう、本名:藤原 寛人(ふじわら ひろと)、1912年6月6日 - 1980年2月15日)没。享年67歳。
新田次郎

日本の小説家、気象学者

気象職員として最も知られている仕事は富士山気象レーダー建設である。
これには、1959年の伊勢湾台風による被害の甚大さから、広範囲の雨雲を察知できるレーダー施設の設置が要請され、
無線ロボット雨量計で運輸大臣賞を受賞するなど、気象測量機の第一人者にして高山気象研究の専門として携わった。

1966年3月31日、文筆一本に絞るため気象庁を退職したが、この決意に至るまで、果たして作家一本で食べてゆけるのか
、6年後の定年まで待つべきか、など大変懊悩したという。
また、退職に際しては気象庁から繰り返し強い慰留を受けたという。

小説家としての作品は山岳小説をはじめとする「夢と挑戦」をコンセプトにしているが、
題材として、歴史上の人物や科学者や技術者、
また強い意志で道を切り開いた人物を描いた人物伝・公害やリゾート開発などに伴う問題を取り上げた作品・海外での経験を生かした作品・科学者としての作品など多彩にとった。

※代表作
八甲田山死の彷徨
アラスカ物語
芙蓉の人
聖職の碑

なお、夫人の藤原ていも、満州からの引き揚げの実体験に基づいて小説『流れる星は生きている』をかいており、ベストセラーになり映画化もされた。








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