6月4日:「北宋」の徽宗、虜囚のまま「金」の地ではてる

1135年6月4日紹興5年4月21日) - 北宋の第8代皇帝 徽宗 (きそう)没。享年52歳。
芸術面では北宋最高の1人と言われるが、優柔不断な性格で政治的にはボロボロ、
対外的にも契丹系の遼、女真系の金に苦しめられ、1126年の金による「靖康の変」で首都開封を落とされ北宋は滅亡。

その際、徽宗・欽宗以下の皇族と官僚など、数千人を捕らえて満州へ連行した(この出来事を「二帝北行」という)。

彼らはそこで悲惨な自活の虜囚生活を送り、異郷の地に骨を埋めることとなったのである。

また、同じくこの事件で宋室の皇女、女官、宮女達(4歳~28歳)全員が連行され、
金の皇帝・皇族らの妾にされるか(入宮)、官設妓楼「洗衣院」に入れられて娼婦となった。

『桃鳩図』
画像は徽宗による『桃鳩図』






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