3月2日:中ソ激突! ダマンスキー島事件(珍宝島事件)

1969年3月2日 - 中ソ国境紛争: 中華人民共和国とソビエト連邦の国境の珍宝島(ダマンスキー島)の領有をめぐり両国軍が衝突。
ダマンスキー島事件

1950年代後半のニキータ・フルシチョフ首相によるスターリン批判以降、
ソビエト連邦と中華人民共和国の間では関係が悪化していた。

中ソ対立により両国間の政治路線の違い・領土論争をめぐって緊張が高まり、
1960年代末には4,380kmの長さの国境線の両側に、
658,000人のソ連軍部隊と814,000人の中国人民解放軍部隊が対峙する事態になった。

在北京ソビエト連邦大使館に対する紅衛兵の襲撃や、
国境地帯での発砲事件など両国の小規模な衝突は度々起きていたものの、本格的な軍事衝突は起きないままでいた。

ダマンスキー島

1860年の北京条約でウスリー川が両国の境界(国境)となったが、中州の帰属については両国で見解が分かれていた。
このような状況下で、この日、ソ連側の警備兵と中国人民解放軍兵士による軍事衝突が起こり、中ソ国境紛争に発展した。

冷戦最中であり、また、中華人民共和国では文化大革命の真っ只中に起きたこの軍事衝突を機に、
ソビエト連邦と中華人民共和国の関係は決定的に悪化した。











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