3月11日:尼港事件、駐留日本軍、日本人居留民731名惨殺

1920年3月11日 - ロシアで尼港事件が発生。シベリアはニコライエフスク(現・ニコラエフスク・ナ・アムーレ)に出兵中の日本軍が、武装解除を要求した抗日パルチザンに攻撃し、敗北する。
ニコラエスク

ロシア内戦中の1920年(大正9年)3月から5月にかけてアムール川の河口にあるニコラエフスク
(尼港、現在のニコラエフスク・ナ・アムーレ)で発生した、赤軍パルチザンによる大規模な住民虐殺事件。

港が冬期に氷結して交通が遮断され孤立した状況のニコラエフスクをパルチザン部隊4,300名(ロシア人3,000名、
朝鮮人1,000名、中国人300名(参謀本部編『西伯利出兵史』によれば朝鮮人400-500名、中国人900名))が占領し、
ニコラエフスク住民に対する略奪・処刑を行うとともに日本軍守備隊に武器引渡を要求し、
これに対して決起した日本軍守備隊を中国海軍と共同で殲滅すると、老若男女の別なく数千人の市民を虐殺した。

殺された住人は総人口のおよそ半分、6,000名を超えるともいわれ、
日本人居留民、日本領事一家、駐留日本軍守備隊を含んでいたため、国際的批判を浴びた。

日本人犠牲者の総数は判明しているだけで731名にのぼり、ほぼ皆殺しにされた。
建築物はことごとく破壊されニコラエフスクは廃墟となった。この無法行為は、
結果的に日本の反発を招いてシベリア出兵を長引かせた。
破壊されたニコラエフスクの街
<廃墟となったニコレフスク>










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