3月18日:日米緊張緩和の「青い目の人形」日本到着

1927年3月18日 - アメリカの親日家・シドニー・ギューリックが日本に贈呈した青い目の人形が日本に到着。
青い目の人形

日露戦争後に日本が満州の権益をにぎると、
中国進出をうかがっていたアメリカ合衆国とのあいだで政治的緊張が高まっていた。

また、1924年に成立したジョンソン=リード法(通称「排日移民法」)もまた、両国民の対立を高めつつあった。

そんななか、1927年(昭和2年)3月、日米の対立を懸念し、その緊張を文化的にやわらげようと、
アメリカ人宣教師のシドニー・ギューリック博士(1860年 – 1945年)が提唱して親善活動がおこなわれた。

その一環として、
米国から1927年3月3日に間に合う様に日本郵船の天洋丸で日本の子供に12,739体の「青い目の人形」が、
遅れて鳥羽丸で各州代表の人形48体とミス・アメリカが贈られた。

日本側の仲介者は渋沢栄一であった。

送られてきた人形の多くは、日米開戦後破棄焼却され、
現存しているものは数少ない。










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