4月5日:広島県産業奨励館(のちの原爆ドーム)竣工

1915年4月5日 - 広島県産業奨励館(のちの原爆ドーム)竣工。
広島産業奨励館

広島市は、日清戦争で大本営がおかれたことを契機に軍都として急速に発展していった。
経済規模の拡大とともに、広島県産の製品の販路開拓が急務となっていた。
その拠点として計画されたのが「広島県物産陳列館」(のちに広島県産業奨励館とよばれる)である。

設計はチェコ人の建築家ヤン・レッツェル(Jan Letzel)。
ドームの先端までの高さは約25mあり、
ネオ・バロック的な骨格にゼツェシオン風の細部装飾を持つ混成様式の建物であった。
レッツェルの起用は、当時の寺田祐之県知事によるものであり、寺田は前職の宮城県知事時代、
レッツェルの設計した松島パークホテルを見て彼に物産陳列館の設計を任せることを決めたといわれる。

なお、1919年(大正8年)3月4日から物産陳列館で開催された「似島独逸俘虜技術工芸品展覧会」では、
日本で初めてバウムクーヘンの製造販売が行われた。
これは、第一次世界大戦中に中国の青島で日本軍の捕虜となり、
広島湾に浮かぶ似島の似島検疫所内「俘虜収容所」に収容されていたドイツ人の菓子職人カール・ユーハイム
(後に株式会社ユーハイムを創業)によるものである。

言うまでもなく、1945年(昭和20年)8月6日午前8時15分17秒(日本時間)
この建物の上空で実践投入された原子爆弾がさく裂した。











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