4月17日:終戦時宰相 鈴木貫太郎 逝く

1948年昭和23年4月17日 - 鈴木 貫太郎(1868年1月18日慶応3年12月24日) - 1948年昭和23年4月17日)没。享年80歳。
鈴木貫太郎

日本の海軍軍人、政治家。階級は海軍大将。
海軍士官として海軍次官、連合艦隊司令長官、海軍軍令部長(第8代)などの顕職を歴任した。
二・二六事件において襲撃されるが一命を取り留めた。

枢密院副議長(第14代)、枢密院議長(第20・22代)を務めたあと、小磯國昭の後任として内閣総理大臣(第42代)に就任した。一時、外務大臣(第70代)、大東亜大臣(第3代)も兼任している。陸軍の反対を押し切って太平洋戦争を終戦に導いた。


逸話・・・
鈴木の就任後まもなく亡くなったルーズベルト大統領の訃報を知ると、
同盟通信社の短波放送により、「今日、アメリカがわが国に対し優勢な戦いを展開しているのは亡き大統領の優れた指導があったからです。私は深い哀悼の意をアメリカ国民の悲しみに送るものであります。しかし、ルーズベルト氏の死によって、アメリカの日本に対する戦争継続の努力が変わるとは考えておりません。我々もまたあなた方アメリカ国民の覇権主義に対し今まで以上に強く戦います」という談話を世界へ発信している。

同じ頃、ナチス・ドイツ総統アドルフ・ヒトラーも敗北寸前だったが、ラジオ放送で対照的にルーズベルトを口汚く罵った。

アメリカに亡命していたドイツ人作家トーマス・マンは鈴木のこの放送に深く感動し、
英国BBCで「ドイツ国民の皆さん、東洋の国日本にはなお騎士道精神があり、
人間の死への深い敬意と品位が確固として存する。
鈴木首相の高らかな精神に比べ、あなたたちドイツ人は恥ずかしくないですか」と題して声明を発表し、
鈴木の武士道精神を称賛、鈴木の言葉は戦時下の世界に感銘を与えた。










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