4月28日:戦艦バウンティ号の叛乱

1789年4月28日 - トンガのフレンドリー諸島でバウンティ号の反乱が起こる。
戦艦バウンティー号の叛乱

当時の乗組員44人のうち反乱者はクリスチャン以下12人だった。
ブライ艦長以下19人は救命艇に乗せられて追放され、非反乱者のうち13人は船に残された。
ブライの指揮する救命艇は、41日かけてニューギニアとオーストラリアの間の難所トレス海峡を通り、ティモール島にたどり着いた。
バウンティ号の叛乱 地図
・赤線:バウンティ号のタヒチ往復航路と反乱の地点(1789年4月28日
・黄線: クリスチャンの指揮下での反乱後のバウンティ号の航路
・緑線:ブライの指揮下でのクパンまでの小型船の航路

一方、反乱者を乗せたバウンティ号は トゥブアイ諸島に3ヶ月滞在したが、その後タヒチ島へ向かった。
16人の船員がタヒチ島に残り、クリスチャンと8人の反乱者はタヒチ島の現地人(男6人、女11人、赤子1人)を乗せて、
フィジー、クック諸島を経て、1790年1月15日にイギリスの海図に載っていないピトケアン島にたどり着いた。
クリスチャンらはバウンティ号を解体し、その資材を利用して島での生活を始めた。













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