4月29日:上海天長節爆弾事件

1932年4月29日 - 上海天長節爆弾事件。
上海の天長節祝賀会場で朝鮮人尹奉吉が爆弾を投げつけ白川義則軍司令官と重光葵公使らが重傷。

上海天長節爆弾事件

イギリス、アメリカ合衆国、大日本帝国、イタリア王国などの国際共同租界とフランス租界からなる
上海租界周辺で発生した日華両軍の衝突、第一次上海事変の停戦調停をあとは調印を残すだけとなったころの、
4月29日、上海虹口公園での天長節祝賀式典において朝鮮独立運動家・尹奉吉が爆弾攻撃。
上海天長節爆弾事件発生直前
事件直前の要人、写真左から
上海派遣軍司令官白川義則大将
在上海公使重光葵
第3艦隊司令長官野村吉三郎海軍中将
第9師団長植田謙吉中将
第三艦隊参謀長嶋田繁太郎少将

この爆発で第9師団長植田謙吉中将・第3艦隊司令長官野村吉三郎海軍中将・在上海公使重光葵・在上海総領事村井倉松・上海日本人居留民団書記長友野盛が重傷を負っている。
重光公使は右脚を失い、野村中将は隻眼となった。白川大将は5月26日に死亡した。











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