5月13日:難民の父 ナンセン 逝く

1930年5月13日 - フリチョフ・ナンセン(Fridtjof Wedel-Jarlsberg Nansen 発音例、1861年10月10日 - 1930年5月13日)没。享年68歳。
ナンセン

スウェーデン統治下のノルウェーの科学者、探検家、国際的な政治家
1893年から1896年にかけてフラム号によって、流氷に密閉されて漂流しながら極点に達するという北極点遠征を行ったが、
残念ながら北極点には到達できなかった。
フラム号

しかし、ナンセンはこの遠征を通じて装置や技術の実験を続け、スキー板や橇のデザインを改良し、
衣服、テント、調理器具を幾つか発明し、それらによって北極探検の方法に革命を起こした。
ナンセンが戻ってきてから始まった極圏探検の時代で、
探検家達は方法や装置についてナンセンの助言を求めるのが普通のことになった。

帰国後は大学の動物学および海洋学の教授として科学調査や執筆活動を行っていたが、
ノルウェースウェーデンから独立を試みた1905年にノルウェー政府よりノルウェー代表に選ばれた。

こうした経緯からナンセンは、政治家としての道を歩んでいく。
1906年から1908年まで駐英ノルウェー大使としてロンドンで暮らした。
第一次世界大戦後は国際連盟の難民高等弁務官に就任し、
ソ連政府との交渉、45万人以上の捕虜の交換帰国プロジェクトを成功させ、
戦争難民のために「ナンセン・パスポート」と後に呼ばれた証明書を発行した。
(その他、ウクライナの大飢饉に苦しむウクライナ人をカナダに移住させる等)

1922年に戦争難民の帰国および飢餓難民救済活動の功績が認められ、ノーベル平和賞を受賞した。
彼の業績は国連難民高等弁務官事務所に継承され、彼は難民の父と呼ばれている。

国際連盟に強くかかわり、戦勝国以外の小国が国際連盟に入れたのは彼のおかげといわれている。











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