12月26日:デカブリストの乱

1825年12月26日 - ロシア史上初のツァーリズム(皇帝専制)と農奴解放を要求した闘争であるデカブリストの乱勃発。

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デカブリストとは、武装蜂起の中心となった貴族の将校たちを指し、反乱が12月(ロシア語でデカーブリ、 Декабрь)に起こされたことからデカブリスト(十二月党員)の名で呼ばれた。

翌12月27日新帝ニコライ1世は自ら政府軍を率いて反乱の鎮圧に当たった。
ニコライは、あくまで流血の悲劇を避けようとしてデカブリストを投降させようとした。
勅使として兵卒に人気のあったミハイル・ミロラドヴィチ伯爵を派遣し、デカブリストの説得に当たらせたが、ミロラドヴィチ伯が狙撃され落命するに及んで、政府軍の投入を支持した。デカブリストの反乱は一日で鎮圧された。

デカブリストの乱は、ロシアにおける自由主義的革命運動の第一歩として、その後の革命運動の契機とされている。












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