2月29日:日本の民間パイロットの先駆者 後藤 勇吉 逝く

1928年昭和3年2月29日 - 後藤 勇吉(ごとう ゆうきち、1896年明治29年11月12日 - 1928年昭和3年2月29日)没。享年31歳。
日本の航空黎明期の民間パイロット。宮崎県延岡市出身。
後藤 勇吉

一等操縦士・一等飛行士免許取得、航空機による旅客輸送、日本一周飛行などにおいて日本初を成し遂げた。

1920年(大正9年) 飛行競技大会で高度飛行1位、高等飛行1位、速度飛行2位の成績を収める。
1921年(大正10年) 日本第1号の一等操縦士と一等飛行士の免許を取得する。
1922年(大正11年) 日本初の旅客飛行に成功する。
1924年(大正13年) 初の日本一周飛行にも成功する。
1926年(昭和元年) 大阪から京城、大蓮、両航空路を開拓し日本で初めて、海外郵便輸送に成功する。
1927年(昭和2年) 日本で初めて、生鮮農産物(「日向かぼちゃ」)を空輸する。

1927年(昭和2年)、リンドバーグの大西洋横断単独無着陸飛行に刺激された帝国飛行協会は、国産機(川西のK-12長距離機「桜号」)による太平洋横断無着陸飛行計画を立て、4人の操縦士の一人として選抜された。
その訓練中の霞ヶ浦(霞ヶ浦海軍航空隊) - 大村(大村海軍航空隊)間往復訓練飛行の復路、ほかの操縦士による操縦で飛び立った訓練機は悪天候の中で佐賀県藤津郡七浦村(現:鹿島市)の多良岳山中に墜落した。

この墜落事故で後藤は帰らぬ人となり、太平洋横断無着陸飛行計画も中止となった。










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