3月13日:第一次インドシナ戦争の転換点、ディエンビエンフーの戦いが始まる

1954年3月13日 - 第一次インドシナ戦争: ディエンビエンフーの戦いが始まる。
ディエンビエンフーの戦い

1946年12月19日から始まった第一次インドシナ戦争において、フランスはハノイ・ハイフォン・サイゴンの主要三都市を保持しているのみに過ぎず、さらに1953年11月においては、フランス軍はもはや紅河デルタ地帯を確保するのみで、劣勢は覆しがたくなっていた。
しかし一方で、ベトミン軍も広域に展開することを余儀なくされ、兵站上の負担が大きくなっているものとみられていた。
後方支援能力に関してはフランス軍が優位であるとみられていたことから、ベトミン正規軍主力を逐次遠隔地に誘引し撃滅することが計画された。
この計画における適地として、北西部山岳地帯とラオス平原地帯が選ばれた。

この計画立案過程で注目されたのが、北西部に位置するディエンビエンフー市であった。
同市には、旧日本軍が設営した飛行場跡があり、大規模な空中補給と空挺降下が可能で、また、作戦航空機のハノイへの往復路としては限界点でもあった。

ディエンビエンフー
<ディエンビエンフーの位置>
1953年11月20日、3個空挺大隊が2回に分けて降下したのを皮切りに1万6千にも及ぶ兵力が投入された。

これに対しベトミン軍を率いるヴォー・グエン・ザップ将軍フランス軍の陣地を包囲し、1954年3月13日に本格的な攻勢が開始された。

この戦いは第一次インドシナ戦争中最大の戦闘となり、同年5月7日までに2万人強のフランス軍部隊のうち、少なくとも2,200人が戦死し、1万人以上が捕虜となった。10万人以上とみられるベトミン軍のうち、8,000人が戦死し、15,000人が負傷、同戦争の大きな転機となり、フランスベトナム撤退を余儀なくされることになる。










◆スマイルゼミ◆中学生向け通信教育
関連記事
スポンサーサイト

コメント

非公開コメント