5月8日:八田 與一 殉職

1942年5月8日 - 八田 與一(現在の字体では八田与一、はった よいち、1886年2月21日1942年5月8日)、フィリピンに向かう途中、五島列島付近で乗船していた大洋丸がアメリカ海軍の潜水艦に撃沈され死亡。享年56歳。
八田 與一

日本水利技術者日本統治時代の台湾で、農業水利事業に大きな貢献をした人物として知られる。
台湾南部の嘉南平野の灌漑事業のため、当時東南アジア最大だった烏山頭ダムも含んだ嘉南大圳(かなんたいしゅう、Jianán Dàzùn )を設計、工事指揮を行った。
1920年から10年の歳月をかけて完成した嘉南大圳により嘉南平原の水田は30倍と大幅に増加した。
嘉南大圳の主な灌漑水路
<嘉南大圳の主な灌漑水路>

日本よりも、彼が実際に業績をあげた台湾での知名度のほうが高く、
特に高齢者を中心に八田の業績を評価する人物が多い。
烏山頭ダムでは與一の命日である5月8日には慰霊祭が行われている。











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