7月3日:日本外交の助っ人 ヘンリー・ウィラード・デニソン 逝く

1914年7月3日 - ヘンリー・ウィラード・デニソン(Henry Willard Denison、1846年5月11日 - 1914年7月3日)没。享年68歳。
ヘンリー・ウィラード・デニソン

アメリカ合衆国出身の日本国の外交官お雇い外国人

井上馨外務卿以来、歴代の外務卿・外相に顧問として仕え、当時の国家的課題であった不平等条約の条約改正案に関与する。
また、日清戦争の下関条約三国干渉への対応、日露戦争のポーツマス条約など、日本外交の枢機に関与していた。
特にポーツマス条約締結に向けて、米国を介した講和交渉を全面的に支え、ロシア側への交渉文書はほぼすべてデニソンが手がけている。
その名文ぶりに欧州各国から日本への好感を集めるきっかけともなった。

ポーツマスにおける日露戦争の講和会議で仲介役を務めたアメリカ合衆国大統領セオドア・ルーズベルトは、
日本側の事務を精力的にこなすデニソンの姿を見て
君はアメリカ人なのか、それとも日本人なのか?」と皮肉ったという。


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