7月10日:「仙台よい町 森の町 7月10日は灰の町」の予告どおり仙台空襲

1945年(昭和20年)7月10日 - テニアン島から発進したB-29が高度約10,000フィート(約3,000メートル)より、2、3機から5機くらいの編成で25波に分かれ、仙台市内を約2時間にわたって空襲した。
焼夷弾10,961発による絨毯爆撃と高性能爆弾8個により、仙台市中心部は焦土と化した。
アメリカ軍は仙台を、工業面での重要性はないが、住宅が密集し延焼を防ぐ広い道路や広場がほとんどないといった点から焼夷弾攻撃に適した都市であり、爆撃による心理的効果も期待できると評価していた。
アメリカ軍は大規模空襲に先立ち「仙台よい町 森の町 7月10日は灰の町」と印刷したビラを空から撒き、空襲を予告していたという。
仙台空襲
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