8月9日:09時44分、長崎への原爆投下機ボックスカー号、第一目標の小倉に到達

1945年8月9日午前9時40分(日本時間) - ボックスカー(長崎への原爆投下機)、大分県姫島方面から小倉市の投下目標上空へ爆撃航程を開始し、9時44分投下目標である小倉陸軍造兵廠上空へ到達。
ボックスカー号

しかし爆撃手が目視による投下目標確認に失敗する。
その後、別ルートで爆撃航程を少し短縮して繰り返すものの再び失敗、再度3度目となる爆撃航程を行うがこれも失敗。
この間およそ45分間が経過した。

この小倉上空での3回もの爆撃航程失敗のため残燃料に余裕がなくなり、
その上ボックスカーは燃料系統に異常が発生したので予備燃料に切り替えた。
ファットマン第1目標地点 小倉
<第1目標だった小倉>

その間に天候が悪化、日本軍高射砲からの対空攻撃が激しくなり、また、陸軍芦屋飛行場から飛行第59戦隊の五式戦闘機、海軍築城基地から第203航空隊の零式艦上戦闘機10機が緊急発進してきた事も確認されたので、目標を小倉市から第二目標である長崎県長崎市に変更し、午前10時30分頃、小倉市上空を離脱した。

なお、前述の視界不良に関しては、
前日のアメリカ軍が行った、八幡市空襲(八幡・小倉間の距離はおよそ7km)の残煙と靄(アメリカ軍の報告書にも、小倉市上空の状況について『雲』ではなく『煙』との記述が見られる)による視界不良と言われてきたが、
この時地上では広島への原爆投下の情報を聞いた八幡製鉄所の従業員が少数機編隊で敵機が北上している報を聞き、新型爆弾を警戒して「コールタールを燃やして煙幕を張った」と2014年に証言している。













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