8月23日:シベリア抑留はじまる

1945年8月23日 - ソビエト連邦の指導者ヨシフ・スターリンが日本軍捕虜のソ連国内への移送を指令。
いわあゆるシベリア抑留のはじまり。ダモイ・トーキョの言葉とは裏腹に、終戦後武装解除し投降した日本軍捕虜らを、モンゴルや中央アジア、北朝鮮、カフカス地方、バルト三国などソ連の勢力圏全域に送りこんだ。
シベリア抑留

厳寒環境下で満足な食事や休養も与えられず、苛烈な労働を強要させられたことにより、多くの抑留者が死亡した。
65万人というのが定説であるが、モスクワのロシア国立軍事公文書館には約76万人分に相当する量の資料が収蔵されている。
アメリカの研究者ウイリアム・ニンモ著『検証-シベリア抑留』によれば、確認済みの死者は25万4千人、行方不明・推定死亡者は9万3千名で、事実上、約34万人の日本人が死亡したという。
このソ連の行為は、武装解除した日本兵の家庭への復帰を保証したポツダム宣言、レーニンに背くものであった。

ロシアのエリツィン大統領は1993年10月に訪日した際、「非人間的な行為に対して謝罪の意を表する」と表明した。











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