9月11日:フルシチョウフ 逝く

1971年9月11日 - ニキータ・フルシチョフ( Никита Сергеевич Хрущёв), 1894年4月17日 - 1971年9月11日)没。享年77歳。
ソビエト連邦の政治家、同国の第4代最高指導者。ソビエト連邦共産党中央委員会第一書記と閣僚会議議長(首相)を兼務した。
ヨシフ・スターリンの死後、スターリン批判によってその独裁と恐怖政治を世界に暴露し、非スターリン化に基づく、自由化の諸潮流をもたらした。
フルシチョフ

対外的には、アメリカ合衆国を中心とする西側陣営と平和共存を図り、核実験を抑制しようとした。
日本との関係については、日ソ交渉をしたときの最高指導者である(詳細は日ソ共同宣言にあり)。
晩年に記した回想記の中で、フルシチョフは日本の戦後の発展を羨み、「ソ連がサンフランシスコ講和条約に調印しなかったことは大きな失策だった」「たとえ北方領土問題で譲歩してでも日本との関係改善に努めるべきであった」と述べていた。
















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