10月28日:日露外交の先駆者プチャーチン 逝く

1883年10月28日 - エフィム・プチャーチン( Евфимий(Ефим) Васильевич Путятин、 Jevfimij Vasil'jevich Putjatin、1803年11月20日 - 1883年10月28日)没。享年79歳。
ロシア帝国(ロマノフ朝)の海軍軍人政治家、教育大臣。
プチャーチン

1853年、日本に来航し日露和親条約を締結するなど、ロシア帝国の極東における外交で活躍した。

条約締結交渉の際、幕府の全権としてプチャーチンと交渉に当たった外国奉行・川路聖謨は、
アメリカ使節ペリーなどが武力を背景に恫喝的な態度を取っていたのとは対照的に、
紳士的に日本の国情を尊重して交渉を進めようというプチャーチンの姿勢に大変好感を持ったという。











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