11月22日:最後の征夷大将軍 徳川慶喜 逝く

1913年大正2年11月22日 - 徳川 慶喜(とくがわ よしのぶ、1837年10月28日天保8年9月29日) - 1913年大正2年11月22日)没。享年76歳。
江戸幕府第15代征夷大将軍(在職:慶応3年(1867年) ‐ 慶応4年(1868年))。
江戸幕府最後の将軍であり、歴史上征夷大将軍に任じられた最後の人物。
徳川慶喜

御三卿一橋徳川家の第9代当主として将軍後見職・禁裏御守衛総督など要職を務めた後に徳川宗家を相続、第15代将軍に就任。
大政奉還や新政府軍への江戸城明け渡し(無血開城)を行なった。

英邁さで知られ、実父・斉昭の腹心・安島帯刀は、慶喜を「徳川の流れを清ましめん御仁」と評し、幕威回復の期待を一身に背負い鳴物入りで将軍位に就くと、「権現様の再来」とまでその英明を称えられた。
慶喜の英明は倒幕派にも知れ渡っており、特に長州藩の桂小五郎は「一橋慶喜の胆略はあなどれない。家康の再来をみるようだ」と警戒していた。

明治維新後は恭順謹慎、江戸無血開城などにより、無血革命に近い状態で政権移譲できたことから、
近代日本の独立性が守られ、維新への功績は大きいと評価された。

また、政治的野心は全く持たず、
潤沢な隠居手当を元手に写真・狩猟・投網・囲碁・謡曲など趣味に没頭する生活を送り、「ケイキ様」と呼ばれて静岡の人々から親しまれた。











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