11月24日:「最後の元老」西園寺 公望 逝く

1940年昭和15年11月24日 - 西園寺 公望(さいおんじ きんもち、嘉永2年10月22日(1849年12月6日) - 1940年昭和15年11月24日)没。享年90歳。
日本の公家、政治家、教育者。
西園寺公望

戊辰戦争において官軍の方面軍総督を務め、フランス留学後には伊藤博文の腹心となった。
第2次伊藤内閣にて文部大臣として初入閣し外務大臣を兼任、第3次伊藤内閣でも文部大臣として入閣した。

その後、伊藤の立憲政友会の総裁に就任した。

明治39年(1906年)内閣総理大臣に任じられ、第1次西園寺内閣、第2次西園寺内閣を組閣した。

この時代は西園寺と桂太郎が交互に政権を担当したことから「桂園時代」と称された。

その後は首相選定に参画するようになり、大正5年(1916年)に正式な元老となった。
「最後の元老」として大正天皇、昭和天皇を輔弼、実質的な首相選定者として政界に大きな影響を与えた。














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