11月28日:外交用社交場「鹿鳴館」落成

1883年(明治16年)11月28日 - 東京・麹町に日本初の洋式社交クラブ鹿鳴館が開館。
鹿鳴館
当時の外務卿(内閣制度以降は外務大臣)井上馨の肝いりで建設が始まった。
鹿鳴館(ろくめいかん)は、国賓や外国の外交官を接待するため、明治政府によって建てられた社交場である。
設計はお雇い外国人のジョサイア・コンドル(イギリス人)がおこなった。

その建築目的は、不平等条約改正交渉、特に外国人に対する治外法権の撤廃のために、
「欧化政策を推進し、欧米風の社交施設を建設して外国使節を接待し、日本が文明国であることをひろく諸外国に示す」というものであった。

鹿鳴館を中心にした外交政策を「鹿鳴館外交」、欧化主義が広まった明治10年代後半を「鹿鳴館時代」と呼ぶ。
当時の極端に走った欧化政策を象徴する存在でもあった。











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