12月7日:「日本陸軍の創始者」大村益次郎 逝く

1869年12月7日明治2年11月5日) - 大村 益次郎(おおむら ますじろう、 文政8年5月3日(1824年5月30日) - 明治2年11月5日(1869年12月7日)没。享年45歳。
幕末期の長州藩の医師、西洋学者、兵学者である。
維新の十傑の一人に数えられる。
大村益次郎

村医の子として生まれ、当初は医術を学ぶが、大阪の適塾で蘭学を学び塾頭になる。
その後、兵学も学び、幕府で蘭学、兵学の教授となるも、
長州藩に戻り、長州征討と戊辰戦争で長州藩兵を指揮し、勝利の立役者となった。

太政官制において軍務を統括した兵部省における初代の大輔(次官)を務め、事実上の日本陸軍の創始者、
あるいは陸軍建設の祖と見なされることも多い。

その兵制改革が、士族の反発を招き、
明治2年9月4日(1869年10月8日)、京都三条木屋町上ルの旅館で刺客による襲撃を受け、重傷を負う。
一命を取り留めたものの、傷口から菌が入り敗血症となり死亡した。











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