12月10日:日露戦争での日本の勝利に貢献した大山 巌 逝く

1916年(大正5年)12月10日 - 大山 巌(おおやま いわお、正字: 大山 巖、天保13年10月10日(1842年11月12日) -1916年12月10日 )没。享年74歳。
日本の武士(薩摩藩士)、陸軍軍人政治家
大山巌

大警視(第2代)、陸軍大臣(初・2・3・4・6・7代)、陸軍参謀総長(第4・6代)、文部大臣(臨時兼任)、内大臣(第5代)、
元老、貴族院議員を歴任した。

臨終の枕元には山縣有朋、川村景明、寺内正毅、黒木為楨などが一堂に顔を揃え、
まるで元帥府が大山家に越してきたようだったという。

12月17日の国葬では、参列する駐日ロシア大使とは別にロシア大使館付武官のヤホントフ少将が直に大山家を訪れ、
「全ロシア陸軍を代表して」弔詞を述べ、ひときわ目立つ花輪を自ら霊前に供えた。

かつての敵国の武将からのこのような丁重な弔意を受けたのは、この大山と後の東郷平八郎の二人だけだった。












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