12月24日:日本スキーの父、レルヒ少佐 逝く

1945年12月24日 - テオドール・エードラー・フォン・レルヒ(Theodor Edler von Lerch, 1869年8月31日 - 1945年12月24日)没。享年76歳。
オーストリア=ハンガリー帝国の軍人。最終階級は陸軍少将。
レルヒ少佐
日本で初めて、本格的なスキー指導をおこなった人物である。
訪日時は少佐で、少佐の時にスキーを日本に伝えたため、日本国内では一般的には「レルヒ少佐」と呼ばれる。
後に中佐に昇格したあと日本各地を回ったため、北海道などでは「レルヒ中佐」と呼ばれる。

1902年12月、アルペンスキーの創始者マティアス・ツダルスキーに師事。
娯楽だけではなく軍事面でもスキーが有用であることを、オーストリア=ハンガリー帝国軍の中で説いて回り、
その結果、オーストリア=ハンガリー帝国軍はスキーを正式に導入し、レルヒは講師として献身的に指導に加わった。

日露戦争でロシア帝国に勝利した日本陸軍の研究のため、1910年11月30日に交換将校として来日。
日本陸軍はアルペンスキーの創始者マティアス・ツダルスキーの弟子であるレルヒのスキー技術に注目。
その技術向上を目的として新潟県中頸城郡高田(現在の上越市)にある第13師団歩兵第58連隊(第13師団長・長岡外史、歩兵第58連隊長・堀内文次郎)の営庭や、高田の金谷山などで指導をおこなった。

1911年(明治44年)1月12日に歩兵第58連隊の営庭を利用し鶴見宜信大尉ら14名のスキー専修員に技術を伝授したことが、
日本での本格的なスキー普及の第一歩とされている。
また、これにちなみ毎年1月12日が「スキーの日」とされている。
レルヒさん
写真は2009年、翌年にスキー発祥100周年となる事を記念して行われる新潟県観光キャンペーンのキャラクターとして誕生した「レルヒさん」。
100周年記念キャンペーン終了後は、「元祖スキー天国新潟」をキャッチフレーズとした新潟県PRキャラクターとして活躍中。





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