12月25日:喜劇王チャールズ・チャップリン逝く

チャールズ・チャップリン(Sir Charles Spencer "Charlie" Chaplin, KBE、1889年4月16日 - 1977年12月25日)没。享年88歳。
イギリス出身の映画俳優映画監督、コメディアン、脚本家、映画プロデューサー、作曲家である。
チャーリー

映画の黎明期において、数々の傑作コメディ映画を作り上げ、「喜劇王」の異名をもつ。
同年代に活躍したコメディアン、バスター・キートンやハロルド・ロイドと並び、「世界の三大喜劇王」と呼ばれる。

チャップリンは、ハリウッドにおいて極めてマルチな才能を示した人物であり、徹底した完璧主義で知られていた。
依然多くのファンを獲得する不世出の天才であるが、その作品には毒性もあり、ユーモアの陰に鋭い社会諷刺、
下町に生きる庶民の哀愁や怒り、涙までも描かれているため、
純粋に笑いのみを追求する他のコメディアンとは一線を画す存在であることは特筆すべきである。

主な作品
キッド
黄金狂時代
『街の灯』
『モダン・タイムス』
『独裁者』
『ライムライト』

1945年に第二次世界大戦が終結し、ソビエト連邦をはじめとする東側諸国との冷戦が始まったアメリカで、
『モダン・タイムス』以降の一連の作風が「容共的である」とされ、非難の的とされた。
特に1947年公開の『殺人狂時代』以降はバッシングも最高潮に達し、
1952年、ロンドンで『ライムライト』のプレミアのために向かう船の途中、
アメリカのトルーマン政権の法務長官ジェームズ・P・マクグネラリー(en:James P. McGranery)から事実上の国外追放命令を受ける。

アメリカの一般国民はこのチャップリンの追放劇に激しく抗議。
決定した国務長官のもとに国内だけで数万通に及ぶ抗議の手紙が殺到した。

以後はスイス・ヴェヴェイの街を見渡せる村コルズィエ=スュール=ヴェヴェイに居を構えた。

日本には4度来日しており、1932年(昭和7年)5月14日に初来日時には五・一五事件にも遭遇している。

ハリウッド時代の運転手(のちに秘書)高野虎市の仕事ぶりを高く評価していたため、
一時家の使用人がすべて日本人で占められていた時期があった。
そのため、チャップリンが日本贔屓になったとされる。

ちなみにチャップリンが映画の中で使用した有名な根鞭ステッキは、
滋賀県草津市の特産品で、地元の竹(寒竹)で作られたものである。

チャップリン像





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