9月8日:レニングラード包囲戦はじまる

1941年9月8日 - 第二次世界大戦・独ソ戦: レニングラード包囲戦が始まる。レニングラード攻囲戦は第二次世界大戦の独ソ戦における戦闘のひとつ。ドイツ軍はソビエト連邦第2の大都市レニングラード(現・サンクトペテルブルク)を、この日以降900日近くにわたって包囲したが、レニングラードは包囲に耐え抜き、後にスターリンによって英雄都市の称号が与えられた。飢餓や砲爆撃によって、ソ連政府の発表によれば67万人、一説によれ...

9月8日:国産飛行船、山田式1号飛行船で自由飛行に成功

1910年9月8日 - 山田猪三郎が製作した初の国産飛行船「山田式1号飛行船」が初飛行。...

9月8日:オスマン帝国、マルタ島から撤退

1565年9月8日 - マルタ包囲戦: オスマン帝国軍がマルタ島からの撤退を開始。5月18日から始まったマルタ騎士団(聖ヨハネ騎士団)が治める地中海のマルタ島に対するマルタ包囲戦の結果、マルタ騎士団は騎士・兵士の5/6、住民7,000人強を失ったにもかかわらず、オスマン帝国軍を撃退した。この包囲戦の前後、オスマン帝国による西地中海への侵攻は最高に達しつつあり、1551年、オスマン帝国の支援を受けた海賊による攻撃でマルタ島は...

9月8日:土木の変、明の皇帝捕虜となる!

1449年(正統14年)9月8日 - 土木の変(どぼくのへん)明の領土に侵攻したオイラトのエセンを明の皇帝英宗が自ら迎え討つが大敗し、英宗が捕虜となる。中国史上でも珍しい、皇帝が野戦で捕虜になった事件として知られる。明の兵部尚書于謙が果断な対処を行ったために、エセンは大勝を収めたにもかかわらず正統帝を無条件釈放せざるを得ず、この戦いは明にとっては致命的な打撃には至らなかった。しかし、明がその後100年以上にわた...

9月8日:クリコヴォの戦い。ロシア諸国、タタールに対して初勝利!

1380年9月8日 - クリコヴォの戦い。ルーシがタタールに初めて勝利。ロシアの諸国にとって、タタールに対して本格的な勝利を収めたとして特筆され、ロシアが「タタールのくびき」から脱却する最初のきっかけになった出来事として評価される。また、この戦いに勝利したことからモスクワ大公国の威信は大いに高まり、同国の勢力拡大に大きな影響を及ぼした。TV雑誌で話題。有名人もお取り寄せするまっ黒チーズケーキのお店...

9月7日:李 香蘭(り こうらん)こと山口淑子 逝く

2014年(平成26年)9月7日 - 山口 淑子(やまぐち よしこ、1920年(大正9年)2月12日 - 2014年(平成26年)9月7日)没。享年94歳。日本の歌手、女優、政治家である。さまざまな名前で活動し、戦前の中国(中華民国)と満州国・日本・戦後の香港で李 香蘭(り こうらん、リ・シャンラン)、第二次世界大戦後のアメリカ合衆国ではシャーリー・ヤマグチの名で映画、歌などで活躍した。日本の敗戦を上海で迎えた彼女は、中国人として祖...

9月7日:ボロジノの戦い

1812年9月7日 - ナポレオン戦争・1812年ロシア戦役: ボロジノの戦いモスクワ西方のボロジノ近郊で、フランス皇帝ナポレオン1世率いる大陸軍(フランス軍を中核とするヨーロッパ諸国連合軍)と、クトゥーゾフ率いるロシア軍との間で戦いが行われた。両軍ともに甚大な損害を出したものの決定的な勝利は得られず、ロシア軍の戦略的撤退によって戦いは終息した。ボロジノの戦いはトルストイの『戦争と平和』でもクライマックスの一つと...

9月7日:イングランド王リチャード1世、サラーフッディーンを破る

1191年9月7日 - アルスフの戦い(アルスフのたたかい, Battle of Arsuf,)第3回十字軍の期間中、イングランド王リチャード1世がアルスフの地でサラーフッディーン率いるイスラム勢を破った戦い。一流の技術で修理!時計修理の千年堂...

9月7日:ローマ帝国、エルサレムを完全制圧

70年9月7日 - ユダヤ戦争・エルサレム攻囲戦: ティトゥス率いるローマ帝国軍がエルサレムを完全に制圧。ローマ軍は、ユダヤ人の叛乱軍が66年以来立て篭もっていたエルサレムを陥落させた。エルサレム市街のみならず、有名なエルサレム神殿(ヘロデ大王が築いた第二神殿)もこのときに破壊された。なおも抵抗するユダヤ人はマサダの要塞に立て篭もり、73年まで戦い続けた。神殿の破壊はユダヤ人の悲劇の日として語り継がれ、毎年テ...

9月6日:MiG-25 防空網突破、日本に亡命!

1976年9月6日 - 冷戦: ベレンコ中尉亡命事件。ソビエト連邦軍現役将校ヴィクトル・ベレンコ中尉が、MiG-25(ミグ25)迎撃戦闘機で日本の函館市に着陸し、亡命を求めた事件である。ミグ25事件とも呼ばれる。<函館空港に着陸直前のMiG-25>亡命目的ではあったから良かったものの、防空網を簡単に突破されてしまうという防空能力の低さが露呈し、これをきっかけに早期警戒機の導入など防空網強化が行われた。...